【造幣局】お金って奥が深い!造幣博物館へ行ってきたよ

日本の貨幣がここで製造されている!造幣局本局

造幣局

南森町にたくさんある名所のひとつ、造幣局

もっとも有名なのは桜の通り抜けですよね。2020年春は新型コロナの影響で中止となってしまいましたが、毎年春になるとたくさんの人や屋台でにぎわう場所です。

造幣局は大川沿いにあり、周囲を水と緑で囲まれています。自然の風景と造幣局のレトロな建物がなじんでいて、とても景観の良い場所です。桜の季節以外でも、散歩すると気持ち良くて落ち着けます。

そんな造幣局では、博物館の展示や工場見学ツアーが実施されています(工場見学は新型コロナの影響で休止中/2020年9月現在)

今回、管理人は造幣博物館を訪ねましたので、レポートしていきたいと思います!

※館内には写真撮影OKの展示とNGの展示があります。写真撮影OKの展示に関してはブログ掲載もOKと、職員さんに確認済みです。なお、ビデオ・動画撮影は一切禁止です。

造幣局・造幣博物館へ入館するには

造幣局

予約不要、無料で入館できます。

まずは造幣局正門で手続きをします。2020年9月現在、新型コロナ感染防止のため、入口で検温あり・マスク着用が必要です。

手続きの際は名前や連絡先、来訪人数などを用紙に書き(これもコロナの為)、入館証としてバッジを受け取ります(帰る時に返却します)

来訪人数:1名 と書いた時の私の気持ちをどうかお察しいただければと思います。

バッジを胸につけたらいざ中へ入ります! ヘイ、お一人様ご案内!

造幣局

博物館は桜の通り抜け道の先にあります。夏でもこんなに綺麗! 仕事場がこんな気持ちの良い場所にあるなんて、造幣局の局員さんがうらやましいですね。

造幣局

造幣局

道なりには創業当時の正門や明治天皇聖躅碑などの見所があります。

造幣局・造幣博物館の展示

造幣博物館

博物館の入口を入ると、ロビーにはジオラマ模型が飾られています。1871年、創業当時の造幣局全土の模型です。ちなみに当時の名称は「造幣寮」。ジオラマだけでもかなり広い敷地だったことが伺えますねぇ。

造幣博物館

そして創業当時から時を刻んでいるという大時計。当時は貨幣工場の正面につけられ、局内に時刻を知らせていたそうです。

博物館は3階建ての建物で、メインの展示室は3階です。ロビーから階段を上ると・・・

造幣博物館

展示室はこんな感じで、通貨を収めたガラスケースの数々がとても綺麗です!

貨幣の誕生から令和2年発行の通貨に至るまで、貨幣の歴史を追いかける形で展示されています。色々と興味深い歴史や雑学が展示されていたので、紹介していきますね。

貨幣の歴史-物々交換から貨幣の誕生へ-

造幣博物館

原始時代には物々交換が行われていましたが、これだと常に必要な物を入手できるとは限らないので、次第に不便になっていきました。そこで、いつでも必要な物を入手できる仕組みとして、「貨幣と物との交換」が始まったのです。

貨幣が初めて使われたのは約3500年前、中国でのことです。当時のお金は貝で出来ていました。金属の貨幣が出来るまではずっと貝が使われていて、これを貝貨(ばいか)と呼びます。

お金や経済に関わる漢字に「貝」と付くものが多いのはこのためです。貨、財、貯、賃、貸、貰、貸、費、貢、質などなど・・・本当、見事に貝が含まれていますね! それくらい知ってるよ!という方も多いかもしれませんが、管理人はこれ知らなかったもので、目からウロコがポロポロでした。

造幣博物館

ちなみに何で貝が使われていたのかというと、個数を数えやすい・模造されにくい・腐敗や変質しにくい、などの理由があったみたいです。

貨幣の歴史-金属貨幣の誕生-

しかし貝殻だと耐久性が低いという欠点があり、金属の方が使いやすいよね! というわけで、金属貨幣の流通が始まります。

中国では春秋・戦国時代に、青銅で作った貨幣が出現しました。当時はさまざまな形の貨幣があり重さや大きさも異なっていましたが、中国を統一した秦の始皇帝が初めて円形方孔(丸い形に四角い穴)の貨幣を作り、これが日本にも伝わり、拡がっていきました。現代貨幣のルーツです。

見にくい写真で申し訳ないですが、円形じゃなかった頃の中国の貨幣です。

造幣博物館

造幣博物館

造幣博物館

ゆりかごみたいな形のは馬蹄銀(ばていぎん)という貨幣で、大きな取引や貯蓄用に使われたそうです。

日本では708年に、最初の流通貨幣と言われる「和同開珎(わどうかいちん)」が作られました。中国にならって円形方孔です。ちょうどこの頃に銅が産出されるようになり、銅を材料にして作られたみたいです。

ちなみに、これほど大昔から「通貨は円形」が定着した理由は、四角より使いやすい・角がないので摩耗しにくい・大量生産しやすい、などの理由があるそうです。

貨幣の歴史-金貨・銀貨の採掘から貨幣制度の確立へ-

造幣博物館

やがて銅の不足から粗悪な貨幣が流通するようになってしまったため、国内での貨幣の鋳造は一旦ストップします。平安・鎌倉時代には中国から銅銭を輸入し、流通にあてていました。これを渡来銭(とらいせん)と言います。

金や銀も産出されていましたが、高価すぎて貨幣としては定着しなかったようです。

戦国時代になると、各地の大名がこぞって金銀の採掘に乗り出しました。さまざまな戦国大名が金貨・銀貨を作っていますが、中でも有名なのは武田信玄が作った「甲州金」です。

江戸時代になると家康が金貨・銀貨を全国で使えるよう、貨幣制度を統一。甲州金も、武田氏が滅んだ後に家康が引き継ぎました。

三代将軍・家光の時代には幕府直轄で貨幣を鋳造・発行する「銭座(ぜにざ)」が設置され、寛永通宝(かんえいつうほう)が流通します。長らく鋳造されなかった銅貨も作られるようになり、ここで初めて金貨・銀貨・銅貨の三貨制度が整います。

造幣博物館

こちらは江戸時代、両替商が使っていた量りとか、千両箱とか。

造幣博物館

幕府の財政難や物価の変動、外国貨幣の流入などから、幕末は貨幣事情も混沌としていたようです。そのような時代背景から、明治政府は「ちゃんとした貨幣の製造・制度を確立せねば!」と考え、1871年、造幣寮(現・造幣局)が誕生したというわけです!

大まかな貨幣の歴史はこんな感じでした。

一般公募の通貨、各種記念通貨、ユニークコインなど

造幣博物館

全然知らなかったんですけど、貨幣の図案を一般公募なんてされていたんですね・・・。はぇ~。東京オリンピック(1964年)記念通貨、東日本大震災復興事業記念通貨などが並んでいます。通常の図案は専門家によって作られているとのこと。はぇ~。

記念通貨はオリンピック用を始め、いろんな種類があって面白かったです!

造幣博物館

造幣博物館

造幣博物館

新幹線開業50周年記念(2014年)とか、FIFAワールドカップ記念、ラグビーワールドカップ記念とか。いろんな国との交流〇年記念とか。

他にも動物を描いたコイン、ディズニーコイン、スターウォーズコインなど多種多様な貨幣が飾られていました。

造幣博物館

フォースと共にあらんことを。

造幣博物館

私のお気に入りはこのマトリョーシカコインです! 5ドルの銀貨幣だったかな。何のためにどういう経緯で作られたのか分からないんですけど、これが1番可愛いと思いました。

オリンピックメダルの製造も造幣局がやってるよ

1964年の東京オリンピック、1972年の札幌オリンピック、1998年の長野オリンピックの際には、オリンピック組織委員会からの注文により、造幣局が入賞メダルの製造を行ったそうです。

そのメダルたちも展示されていました!

造幣博物館

造幣博物館

オリンピックメダルをじっくり鑑賞できる場所なんて、この博物館くらいのものではないでしょうか?

入館無料でこれほどの展示にお目にかかれるなんて、すごく得した気分です・・・!

ちなみに2020年東京オリンピックの記念通貨については、造幣局のサイトに記載があります。デザインや発行について詳しくお知りになりたい場合、公式サイトをご確認ください。

造幣局 : 東京2020競技大会記念貨幣

あとは勲章メダル(文化勲章とか)も展示されていましたが、こちらは撮影不可でした。

まとめ

貨幣という、身近なような、私の元にはあまり留まってくれないような、分かっているようないないような不思議な存在について、改めていろんなことを学べてとても楽しかったです。

私が来館したのは祝日で、人が少なくとてもゆったりと見ることが出来ました。祝日も営業してるって、知らない人も多いんじゃなかろうか・・・。下手すると展示室で職員さんと2人きりになってしまうほどでした(笑)有名な名所のわりには穴場スポットですよ!

桜の通り抜けが中止になってしまった代わりに、見学されてみてはいかがでしょう?

造幣局は南森町駅・大阪天満宮駅からだと徒歩10~15分くらい。1号線沿いに東へまっすぐまっすぐ、桜宮橋の手前です。天満橋駅からも徒歩15分くらいです。

駐車場は団体バスに限り利用可(要予約)

地図だとここ。

造幣局本局 造幣博物館
住所:
大阪市北区天満1-1-79
電話番号:
(造幣局)06-6351-5361
(博物館)06-6351-8509
開館時間:
9:00-16:45
※最終入館は16:00
休館日:
第3水曜、年末年始、桜の通り抜け期間等
公式サイト:
造幣局 | facebook
※情報は記事公開時点のものになります。変更となる場合もありますので、最新情報は造幣局にご確認いただきますようお願いいたします。